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飽きたら消します

アーイラビュウゥゥー

・ふと、受験生の時に必死こいて通っていた塾のことを思い出した。

国語・数学・英語という受験に必要な主要単元を取っていたのだが、その中でも印象的だった国語教師さんの話をしよう。

個別指導の塾ということで、生徒二人に対し一人の教師(大学生アルバイト)が着任するというシステムが取られていた。それはそれはいろんなタイプの教師がいて、常時怒ってる人、優しくて触れるだけで崩れそうな人、変な人、事務的な人、普通の人…このバリエーションの豊かさは、個性の多様化が一段と進む大学生ならではだな、なんて上から目線で妄想をしていたものである。合わない先生が当たった日には、直ちにUターンで帰りたくなったものだ。

印象的な国語教師は、普通の人だった。だからこそ後に起きる出来事に驚いたのだが。どちらかというと優しい教え方、もう片隅にいる生徒を見ると男子が多かったので、男子に人気があるタイプだったのかもしれない。髪は茶髪で、受講中スマホをいじったりとやや気の抜けた部分はあったものの教えている最中はいたって真面目だったし、特にお互い干渉することもなく三ヶ月くらいの間作文法やら書き取りやらを教わっていた。良くも悪くも無駄がない、といった楽な関係で、自分はあまり世間話だとかがしたくないタイプなので助かっていた。そんな彼女が突然、塾講師をやめた。

まず、なんで?と思った。普通に元気にしていたし変わった様子もない。塾長との間に漂う雰囲気で、なんとなく言いずらそうな理由があることは察していた。なにやら精神系に疾患を来したとのことだった。結構酷くて、通っている大学にも行けてない・・・ゴニョゴニョ。

すごいなあーと思った。近しい人間だから言われなくても先生がそういう人なのは、察していた。だから、理由を追求するのはやめにした。匂いでわかるのだ。近しい人間が。もともと仲間が少ない人種は隠れた同類を探すのに必死になる。仲間内で特徴的なハンドサインや用語を使いこなし「わかる奴にはわかる」的なノリで理解者を探すのに必死になる。ネット用語やシビアな業界(特にセクシャリティ)では部外者が近寄ってこれないよう、無意識にふるいにかけているのだ。選民意識みたいなもので、この方法は部外者は一切理解できない、しかし同族には強くアピール出来るといったメリットを持つ。不意に他人を敵とみなしてしまう人におおいように思える。もちろんこれを書いている自分もその一人だ。

先生は別にネット用語を使っていたわけではないし、何か特別な問題があったわけではなかったけれど、今思えばやはり「何か」が違っていたように思う。今更考察した所でしょうもない出来事なのだが。元気にしているだろうか。こういう人間はどうしても死にやすい。真面目な人だったから向き合いすぎているかも、あぁ心配だ。辛かったろうに、働く意義がわからなくなる感覚は世界で一番の絶望をプレゼントしてくれる。意外とけろっと健康に日々を送っていることを祈るしかない。ただ、どうしようもない春の時期になって思い出したのだ。日が伸びる帰り道、花粉と夕方の匂い、肌面積が増える人間たち。今年も春が来る。先生にも春が来ているだろうか。

アイデンティティ

自分とは何か。こんなん永久の疑問である。探したところで仕方なく、「人間」だとか「ヲタク」だとか「学生」という無難でブレない部分にカデゴライズをするのが落ちだ。しかしどうだ、自分はそれができない。終わりのない考えをずうっとループさせている。今はこれの回答が欲しい。

飽きたから終わる。久しぶりに書いた。ファクションワールドを買いにHMVに行ったら偶然雨ざらしの試聴ヘッドホンが置いてあって、聞いたら勇気付けられたのが最近のハイライトです。終わり。